2幕1場
今回登場する人物
ハムレット・・・・・・・・・・・・クマデン王国の王子
ホレーシオ・・・・・・・・・・・・ハムレットの親友
バーナード ・・・・・・・・・・・城の見張り担当の将校
ハムレットの父の亡霊・・ クマデン王国の先王
衛兵A ・・・・・・・・・・・・・・・城の見張り番
衛兵B・・・・・・・・・・・・・・・・城の見張り番
森の妖精・・・・・・・・・・・・・語り手
森の妖精(語り手): 夜がやってきました。今は夜です。語り手の私が、「夜」と言えば、夜になるのですから、便利ですよね。ちなみに、私が「嵐」といえば、嵐がおこり、「スマップ」といえば…、それはちょっと無理かもしれませんね。はてさて、お城では、あいかわらず、お祭りさわぎの宴会がつづいていますが、我らがハムレットは、約束どおり、城壁にきています。お父さんの亡霊は本当に現れるのでしょうか。あとは、ごらんになってのお楽しみ。
ハムレット: ここはとても静かで、落ち着いた雰囲気だ。エルシナノ城にも、こんな風情のある場所があったのだな。子どもの頃からこの城で暮らしていて、すみずみまで知りつくしたつもりでいたが、知らないこともあるようだ。ところで、もう、そろそろ時間なのではないか。
衛兵B: そうですね。先ほどから、あのあたりが気になっております。ほら、あの大きな木の下です。あそこは、森のクマがよく、どんぐりの実を食べにくるところですが、どうもクマではないような気がするのです。ほら、大きな人影のようなものが見えませんか。
衛兵A: うーん、よく見えん。あ、そうだ、確かにそうだ。間違いありません。あんな遠くにでるなんて、まさに神出鬼没(しんしゅつきぼつ)だ。
バーナード: こちらに向かって、手招きをしているように見えますが。
ハムレット: まさに父上のお姿そのものだ。こんな所でお会いすることができるとは。ああ、向こうに行ってしまう。父上!父上!待ってください。
バーナード: 殿下、落ちついてください。あのあたりは危険です。山のクマが、どんぐりの実を食べようと集まってくる場所なのです。我々兵士ですら容易には近づけません。しっかり対策を立てて、明日の夜もういちど、挑戦することにしましょう。
ハムレット: いや、おれは、今行くのだ。
ホレーシオ: もしかしたら、あれは、悪霊かもしれません。悪霊は人の心の弱みにつけ込んで、魂を奪うのです。しかも、殿下を標的にしているようです。行ってはいけません。
ハムレット: いや、止めるな。いいか、止める奴は斬る。離せ、その手を離せ。(押しとどめようとする手をふりほどいて、亡霊を追いかける。)おーい、待ってくれ(ハムレット退場)。
ホレーシオ: ハムレット様ー、お戻りください。ああ、行ってしまった。仕方ありません。皆で、後を追いましょう。万一、殿下の身に何かがあったら一大事です。
衛兵B: (小声で)万一、殿下の身に何かがあったら、縛り首にされるかもしれない。(大きな声で)一大事です。大急ぎでさがしましょう(ハムレットを追って全員退場)。
(ハムレット、亡霊を追って登場。)
ハムレット: 哀れな亡霊よ、どこまで行くつもりなのだ。もう随分、宮殿から離れたではないか。何か言いたいことがあるのなら、話してくれてもいい頃だろう。
亡霊: (エコー)息子よ、息子よ、息子よ、息子よ、息子よ、息子よ。よーく、よーく、よーく、よーく、聞くが、聞くが、聞くが、聞くが、良い、良い、良い、良い。お前に、お前に、お前に、伝えて、伝えて、伝えて、おかなければ、おかなければ、おかなければ、いけない、いけない、いけない、ことがある。ことがある。ことがある。ことがあるのだ。
ハムレット: ああ、やはり、父上だったのですね。再びお会いすることができて、本当にうれしゅうございます。
亡霊: 私も、私も、私も、おまえと、おまえと、おまえと、会うことが、会うことが、できて、できて、できて、本当に、本当に、本当に、うれしい、うれしい、うれしいのだ。
ハムレット: あの、父上、お会いして早々に、不満を言うようで、申し訳ないのですが、お声が反響して、お言葉が聞き取りにくうございます。
亡霊: そうか、そうか、分かった、分かった。(エコー消える。)いや、重厚な雰囲気がないと、私の存在を信じてもらえないのではないかと思ってな。どうやら、杞憂(きゆう)であったようだ。さて、息子よ、父の話を聞いてくれるか。
ハムレット:もちろんです。一言たりとものがさぬよう、全身全霊でお聞きします。
亡霊: しかし、そのためには大きな覚悟が必要なのだ。ひとたび私の話を聞いたなら、おまえは、大きな苦難を背負うことになる。もう一度聞くが、本当に、心の準備はできておるのか。
ハムレット: どんな試練であろうとも、受け入れる覚悟でおります。
亡霊: いいか、おまえは、私の死の原因をどのように聞いておる。庭で昼寝をしている最中に、毒蛇に噛まれたためだと聞かされているだろう。
ハムレット: おっしゃるとおりです。
亡霊: それは、全くの嘘なのだ。偽り、虚偽(きょぎ)、欺瞞(ぎまん)、フェイクニュースなのだ。
ハムレット: やはり、そうだったのか。
亡霊: 真実を知りたいか。
ハムレット: もちろんです。父上、ぜひ、お話ください。
亡霊: いいか、私は殺されたのだ。卑劣な手段で殺されたのだ。あの日、私は昼食のあと、いつものように、庭で紅茶を飲みながら、うたた寝をしていた。ふと、耳のあたりに何か生ぬるいものを感じて、目を覚ますと、私の耳に何か液体を流し込んでいる男の姿が目に入ったのだ。そいつは足早に逃げていったが、その後、私は激しい痛みのなかで悶絶しながら息絶えたのだ。
ハムレット: 予感は当たっていた。それで、その男とは、一体誰なのですか?
亡霊: いいか、息子よ、落ち着いて聞くのだ。それは我が弟のクローディアスだったのだ。
ハムレット: やはり、そうか。父上の王位と命を奪い、母を汚すとは、許しがたい罪だ。
亡霊: よくぞ言った。おまえに私と同じハムレットという名前を与えたのは、間違いではなかった。そう、あれは今から30年ほど前のこと。おまえが生まれたとき、あまりの嬉しさに、自分と同じ名をつけてしまったのだ。だが、期待どおり立派に育ってくれて、私は本当に満足している。
ハムレット: 同じ名前をいただき、幼少の頃には混乱したこともありましたが、今となっては、無上の喜びです。
亡霊: そうか。では、父ハムレットが、息子ハムレットに命じる。我が分身となり、罪深いクローディアスに復讐するのだ。
ハムレット: この命にかえても、かならず復讐を果たします。
亡霊: 今の言葉、しかと受け止めた。決して忘れるでないぞ。 ああ、東の空が白んできた。夜が明けがちかい。私はもう行かねばならぬ。それでは、息子よ、さらばだ。父を忘れるでないぞ。最後に、もう一度、我が魂の叫びを聞くがよい。
(どこからともなく、狂言のお囃子が聞こえてくる)
♫ おぞましやー、あ、おぞましや!
♫ おぞましやー、あ、おぞましや!
♫ おぞましやー、あ、おぞましや!
♫ おぞましやー、あ、おぞましや!
私の昼寝の最中に、耳に毒を注ぐ悪い奴
♫ おぞましやー、あ、おぞましや!
♫ 悪徳非道の犯人は、悪徳非道の犯人は、
ハラグロ、黒、黒、クローディアス
♫ おぞましやー、あ、おぞましや!
あいつは王様、おれは毎日、炎で焼かれてる
♫ おぞましやー、あ、おぞましや!
何たる非道!不公平! 懺悔(ざんげ)の暇なくころされた
♫ ふざげんなー、あ、ふざげんなー
そのうえ、 奴は毎日、毎日、イチャイチャ、べたべた、
♫ 許すまじー、あ、許すまじ!
そこで登場、我が息子、頼りにしてるぞ、ハムレット
♫ 復讐だあー、あ、復讐だあ!
♫ 分かったかあ、あ、分かったか。
(亡霊退場)
ハムレット: しかと心得ました、父上。かならず、ご期待にお応えします。ああ、それにしても、このクマデン王国が、伏魔殿(ふくまでん)と化すとは。極悪非道のクローディアスめ、成敗〔せいばい〕してやる。
(バーナード、ホレーシオ、衛兵A、衛兵B登場。)
衛兵B: ハムレット様ー。どこにおられるのでしょうか。聞こえたらお返事をおねがいします。ハムレット様ー。
ハムレット: ああ、皆がやってくる。今あったことを、ありのまま話したら、彼らを巻き込み、危険にさらすことになってしまう。復讐にも支障をきたすだろう。それだけは避けなくてはいけない。これは一人で成し遂げるべき使命なのだ。なんとか、うまくごまかさねば。おーい、ここにいるぞ。ここだ。
ホレーシオ: ハムレットさま。やっと見つけました。藪(やぶ)に視界をさえぎられて、お姿を見失ってしまい、あちこち探しまわっておりました。ご無事でなによりです。
衛兵B: (衛兵Aに向かって、小声で)ああ、ご無事で本当によかった。これで私の命も無事だ。
衛兵A: (衛兵Bに向かって、小声で)たしかに、ちょと肝をひやしたな。
バーナード: お怪我はございませんでしょうか。
ハムレット: 大丈夫だ。心配ない。ありがとう。(間) ああ、そうだ、皆に伝えておかなければいけないことがある。残念ながら、あれは父の亡霊ではなかった。だが、皆の親切には本当に感謝している。
バーナード: では、一体何者だったのでしょうか。先王のお姿そっくりそのままのように見えましたが。
ハムレット: たしかに、そっくりではあった。すごく似ていた。それは否定しない。だが、まあ、何というか、とんだ、そっくりさんだったのだ。父の生前の姿をまねたコスプレとでも言うべきだろう。
ホレーシオ: え、本当ですか。
ハムレット: つい先ほど、あの亡霊本人から聞いたのだから間違いない。どうやら、この世では、とても真面目な人間だったらしい。しかし、余りに四角四面な生き方をしたため、笑いやユーモアといったものを一度も経験せずに死んでしまい、それが心残りとなって、成仏することができないでいるそうなのだ。
衛兵B: (衛兵Aに向かって小声で) 笑いもユーモアもない人生なんて、暗いですね。成仏できないのも、分かる気がします。
ハムレット: まあ、いろいろと、努力はしたらしい。「生前の悩みを克服するための自助グループ」に参加したり、通信教育で「霊体セルフコントロール術」を学ぶなどしたが、まったく効果がなく、いつのまにか夜のコスプレを楽しむようになっていたというのだ。ある日、ユーモアのつもりで父の姿をまねてみたら、結構リアクションが良かったので、有頂天となり、つい続けてしまったらしい。出来すぎた話に聞こえるかもしれないが、口からでまかせの作り話ではないぞ、信じてくれたまえ。
バーナード: もちろんです。ハムレット様が作り話をされる訳がありませんから。
ハムレット: ありがとう。ということで、これで一件落着だ。皆の親切には本当に感謝している。この恩は決して忘れない。
バーナード: そうですか、人騒がせな亡霊ですね。
ハムレット: それほどまでに、我が父を慕っていたのだろう。今後は、十分注意すると言っていた。それに、もうずいぶん満足した様子であったから、遠からず成仏することだろう。まあ、許してやろうじゃないか。
衛兵A: (衛兵Bに向かって、小声で) 見張り番の割り増しボーナスはこれでおしまいのようですね。
衛兵B: (衛兵Aに向かって、小声で) でも、まあ、解決してよかった。おれたちの出番もこれでおしまいだ。帰って寝よう。
ハムレット: 皆、今日はずいぶん疲れただろう。先に戻って、ゆっくり休んでくれ。私はここで、もう少し頭を冷やしてから帰りたい。大丈夫だ、ここまで来れば、城はもうすぐそこだ。すぐ行くから心配ない。
ホレーシオ: 分かりました。殿下もどうぞお早めにお帰りください。
(ハムレットを残して退場。)
ハムレット: さて、と、皆、行ったか。落ち着いて考えなくてはいけない。一体、何から始めたら良いのだろうか。そうだ、まずは、愛しいオフィーリアを遠ざけてしまわねば。彼女を危険に巻き込むわけにはいかない。だが、どうやって。うーん、そうだ、最近、私は頭がおかしくなったと思われているようだ。だったら、徹底的に滅茶苦茶(めちゃくちゃ)に振る舞ってやろうではないか。なかなか面白そうだし、愚かな振る舞いをつづけていれば、黙っていても、皆、勝手に遠ざかってゆくだろう。クローディアスを油断させることもできる。とりあえず、この線でいってみよう。何とかなるだろう。(ハムレット退場)
森の妖精: 衝撃の事実が発覚しましたね。ま、まさか、クローディアスが先王殺しの犯人だったとは。ガートルードは、その事実を知らずに、夫殺しの犯人と再婚してしまったのですね。ドロドロです。この欲望うずまくベトベトの水のなかを泳ぐハムレット。この後、どうなるのでしょうか。溺れてしまわなければいいのですが。次もぜひ読んでくださいな。まったねー。
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