2幕4場
今回登場する人物
ハムレット・・・・・・・・・ クマデン王国の王子
クローディアス・・・・・ クマデン王国国王、ハムレットの叔父
ガートルード・・・・・・・ クマデン王国王妃、ハムレットの母
ポローニアス・・・・・・ 宰相、クローディアスの相談役
オフィーリア・・・・・・・・ ポローニアスの娘
森の妖精・・・・・・・・・・・・・語り手
役者1・・・・・・・・・・・・・・・旅回りの劇団の団長
森の妖精(語り手): お城に旅回りの劇団やってきました。我らがハムレット様のお気に入りの劇団です。色々なことがあって、ささくれていたお気持ちも、ちょっとだけ回復したようです。でも、今回は、ハムレット様、ブチ切れとなりそうな予感。「プチ」ではなく、「ブチ」ですから、本人も周りも大変そうです。まずは、劇団到着の場面からお楽しみくださいな。
ハムレット: やあみんな、こんな田舎までよくやって来てくれた。歓迎しよう。景気はどうだい。お客は入っているかい。
役者1: 我々のような、昔ながらの劇団は、すっかり影が薄くなってしまいました。我々としても、歌と踊りを増やすなどして、何とか挽回しようとしているところであります。
ハムレット: 健闘を祈る。だが、世間はどうあれ、ここでは存分に実力を発揮していってほしい。そうだ、到着したばかりで悪いが、ここで何かつ台詞を披露してもらえないだろうか。
役者1: 喜んでご披露いたします。
ハムレット: それでは、えーと、あの台詞はどうかな。戦いに敗れた戦士が、人の一生を1本のロウソクに喩(たと)えた台詞だ。
役者1: お任せください。それでは「人の命は」のところから始めましょう。それでは…
人の命は1本のロウソクのよう
お誕生日のケーキの上に立てられて
誇らしげに、赤々と燃えさかり
毎年、1本ずつ増えて
華やかになってゆくものの
長さは刻一刻と短くなり
1本、また1本と消えゆく
ひとたび、燃え尽きてしまうなら
可燃ゴミとして
土台についたクリームもろとも捨てられて、
焼却炉の炎で焼かれ
燃えかすすら残らない
ああ、哀しきかな人の一生、ロウソクのごとし…
この台詞は以上でございます。この後、主人公は残忍な結末へと向かってゆきます。
ハムレット: 相変わらず素晴らしい演技だな!主役の座は、あと10年は安泰だ。私が保証する。
ポローニアス: この私も学生の頃、演劇を少しばかり、かじった経験がありますが、今の演技は、まあかなり良い出来でしたな。75点といったところでしょうか。合格ですね。
ハムレット: (ポローニアスに向かって)おまえはもう二度と口を開くな!今度、下らんことを言ったら、その口を瞬間接着剤でふさいでやるからな。いいか、よく聞け。もし仮に、おまえが今の台詞を語ったとしたら、そのあまりに退屈な響きに、観客は皆、寝込んでしまうだろう。そして彼らがかくいびきの方が、はるかに美しいハーモニーを醸(かも)し出すことだろう。このおんぼろ、ポローニアス、このご一行を、丁重にもてなすのだぞ。
ポローニアス: わかりました、身の丈に合わせて、おもてなしいたします。
ハムレット: なんだ、その上から目線の言い草は。いいか、暖かいおもてなしをするのだ。一人1食7万4千円の接待をしろとは言わない。大切なのは心だ。我が王国自慢の山菜料理でおもてなしするのだ。表も裏もなしだ。手を抜くなよ。
ポローニアス: かしこまりました。仰せのとおりにいたします。(退場)
役者1: あのお方、「家臣困りました」といったご様子で行ってしまいましたしたが、ご迷惑だったのではないでしょうか。
ハムレット: 心配ない。 あいつは、従順さだけを頼りに国王側近にまで上りつめた男だ。目上の者の指示には、NOとは言えない体質をしているのだ。遠慮はいらん。
役者1: 毎度、格別のお引き立てをいただき、我々一同、大変感謝しております。
ハムレット: ところで、今晩、芝居を一本やってほしいのだが、どうかな。
役者1: 喜んで演じさせていただきます。我々役者にとっては、演じる歓びこそが生きる歓びなのです。日頃の鍛錬の成果を披露させていただきます。
ハムレット:たしか、君たちのレパートリーに、『愛欲のコネクティングルーム不倫殺人事件』という芝居があったと思うが、できるかな。
役者1: もちろんでございます。
ハムレット: もし可能なら、台詞を数行ほどつけ加えさせてもらいたいのだが。
役者1: もちろん大丈夫です。おまかせください。
ハムレット: 台詞はすぐに届けさせる。今晩また会おう。(ハムレット以外退場。) ようやく、一息つくことができそうだ。落ち着いて、今の状況を整理しておかなくては。さて、おれは何を考え、どう行動したら良いのだろうか。「生きるべきか、死ぬべきか」という哲学的な問題を考えるべきなのだろうか。うん、そうかもしれない。いや、それとも、「このままでいいのか、いけないのか」という現実的な問題に取り組むべきなのであろうか。どちらも 英語で言えば、“To be or not to be”で済むのだが。
そういえば、ふと、子どもの頃に教えられた童謡を思いだした。ある日森のなかでクマさんと出会った少女についての歌だった。不思議な歌詞であったが、本当のところ、あの少女は、一体どうしたのであろうか。
野生のクマが、わざわざ、「お逃げなさい」、などと言ってくれるはずがないではないか。また、逃げたところで、助かるわけがない。不運と受け止めて、あきらめたのか。それとも負けを覚悟でクマに立ち向かったのか。いや、おそらくは、恐怖のあまり、なにも考えることができなかったに違いない。それに引きかえ、今のおれはどうだ。考える時間が十分あるにもかかわらず、行動することができない。あの歌の少女の方がよほどましではないか。
(オフィーリア静かに登場。ハムレット、オフィーリアに気づく。)
ハムレット: ああ、あそこにいるのは、オフィーリア、森のなかの少女だ。すると、おれはクマか! まあ、そんなことはどうでもいい。ああ、美しいオフィーリア、まるで妖精のようだ。森の妖精だ、なんという美しさなのだろう。
(ハムレット、オフィーリアに近づく)
ハムレット: ああ、オフィーリア。久しぶりじゃないか。元気にしているかい。
オフィーリア: 殿下、お久しぶりでございます。ご機嫌、いかがでございましょうか。
ハムレット: 元気だ。ここで君に会えたから、もっと元気だ。
オフィーリア: 殿下、申し上げたいことがございます。かねがね、殿下から頂いたマイスプーンをお返しせねばと考えておりました。全部で30本ほどございます。リボンで結んで、持ってまいりました。あれから、毎晩、1本1本、きれいに磨いて、殿下のことを思い出しながら、全てを重ねようと頑張ってきました。でも、それぞれのスプーンの先と柄の部分の角度が微妙に違っていて、重ねていくうちに、どうしても隙間ができてしまって、途中で倒れてしまうのです。順番を替えて、何度も、何度も、何度も、時には明け方まで試してみたのですが、いつも、もう少しのところで崩れてしまうのです。それはまるで、殿下と私との関係を示しているかのようでございました。もはや、あのオムライスをご一緒にいただく機会もなかろうかと思います。ですので、いただいたスプーンを全てお返しいたします。どうぞ、お受け取りください。
ハムレット: いいや、返却の必要はない。それなりに再利用してくれ。銀製だから溶かせばお皿にも、フォークにもなる。
オフィーリア: 殿下、かなわぬ恋は、胸の奥にしまってしまい、おしまいにすることこが、身分の高い女性にふさわしい生き方」であると、教えられました。ですから、どうぞ、お受け取りください。
ハムレット: なに、「かなわぬ恋を胸の奥にしまって、しまい、おしまいに」するだと。何だ、その陳腐な言い草は!世間広しといえども、そんな言葉づかいをする奴は、俺が知る限り、この城に、いやこの世の中に一人しかいない。それは、お前の父親、ポローニアスだ。オフィーリアよ、裏切ったな。おまえの親父は、今どこにいる。
オフィーリア: いえ、家におります。
ハムレット: それは嘘だ。一体、どこにいる。
オフィーリア: いいえ、そんな。
ハムレット: あのもうろくじじいが、壁の隙間に首を突っ込んで、抜けなくなってしまわぬよう、目を離さぬことだ。
オフィーリア: 殿下、申し訳ございませんが、このスプーンをお受け取っていただけませんか。沢山あって随分重たく、落としてしまいそうです。
ハムレット: それもよかろう。美しいオフィーリア。おまえに聞きたいことがある。おまえは誠実か?
オフィーリア: 殿下、突然、なにをおっしゃりたいのでしょうか。私には、どのようにお答えしたらよいのか、分かりません。
ハムレット: そうか。では、教えてやろう。最近では、心の美しさと外見の美しさとは両立しないのだ。
オフィーリア: 殿下、どうしてでございましょう。誠実で美しいことこそが、女性が目指すありかたなのではないでしょうか。
ハムレット: いいや、それは昔の話だ。今では、そんなことはあり得ないのだ。なぜなら、美しい女性がいれば、下心をもった男どもがウジ虫のように群がり、たちまちのうちにその女性を堕落させ、誠実さを奪ってしまうのだ。
オフィーリア: 殿下・・・。
ハムレット: 美しさか、誠実さか、そのどちらか一方をそなえているというのであれば、認めてもよい。しかし、その両方をそなえていると言い張るのであれば、許しはしない。いいか、この私だって、女性に群がるウジ虫どもの一匹にすぎない。生まれてこなければ良かったと思うことすらある。(冷静に)そう、かつてはおまえを愛していた。
オフィーリア: はい、そのように信じておりました。
ハムレット: だがそれも、遠い昔のことだ。いいか、おれの言葉など信じるべきではなかったのだ。今後、男という生きものがしゃべる言葉を一切信じてはいけない。これはおまえのためを思って言っているのだ。分かったか、分かったなら、尼寺に行け。さあ、尼寺に行け。あそこなら、女しかいないから安全だ。そして、そこで一生、平穏に暮らすのだ!幸せになれよ。では、さようなら。
オフィーリア: なんと言うことを、殿下。
ハムレット: もう一度繰り返せというのか、良いだろう。おまえが清く美しくありたいと願うのであれば、尼寺に行け!さっさと尼寺に行ってしまえ!(退場)
オフィーリア: 何という残酷なお言葉!ああ、気が違ってしまいそう。ハムレット様のお心が壊れてしまった。かつては、あんなにお優しかったのに。私はこれから、どうしたらいいのかしら。ああ、お兄様がいてくださったら。
(クローディアスとポローニアス登場。)
ポローニアス: イテッ!ジュルジュル。オフィーリアよ、大丈夫か。すべて聞こえていたから、おまえは何も心配する必要はないのだよ。あとはすべて父に任せておきなさい。(自分が鼻をかんだ鼻紙を手渡して)さあ、この鼻紙で、涙と鼻水を拭いてきれいにしなさい。
オフィーリア: 大丈夫でございます。鼻紙は大丈夫でございます。
クローディアス: (傍白)これではっきりした。ハムレットの心にあるのは愛などではない。それが何であるのかは、今のところは分からない。だが、あの激しさは危険だ。あいつは国民にも人気があるから、こんな様子が知れてしまったら、この私に疑いの目が向けられることになるかもしれない。ただでさえ、私が王位を横取りしたのではないかという噂(うわさ)が広まっているのだから。ああ、不安で胸がしめつけられる。とにかく、あいつを遠ざけてしまわねば。どこか遠くに、もはや帰ってくることができない所に追いやるまで、おれの気が休まることはない。(ポローニアスに向かって冷静に) ポローニアスよ。今のハムレットの様子は尋常ではない。なにかに悩んでいるようにみえる。とても心配なのだ。あいつは私が愛するガートルードの唯一の息子であるとともに、我が国の未来を背負う王子なのだから。
ポローニアス: 私には愛の病としか思えないのですが。
クローディアス: 確かにそうかも知れない。しかし、最近ずいぶん煮詰まっている様子ではないか。だから、気晴らしに、あいつをクビキリ王国にでも送って、しばらく静養させようと思うのだが、おまえの意見はどうだ。異国の空気に触れれば、あいつの心も晴れ、もとの元気な姿にもどってくれるかもしれない。
ポローニアス: さすがは陛下、ご名案でございます。しかし、その前に、今晩の劇の上演の後に、ガートルード様と2人だけでお話しをさせてみてはいかがでしょうか。母親からきつくたしなめられれば、ハムレット様の振る舞いも少しは改まるかもしれません。それでも効果がないようでしたら、クビキリ王国にでも、陛下のお好きなところに送られたら良いでしょう。
クローディアス: そうだな、分かった。そうしよう。(傍白)ああ、なんということだ、不安で胸がしめつけられる。いても立ってもいられない。何とかしなくては。
森の妖精: ハムレット様、どうしちゃったんでしょうかね。オフィーリア様もかわいそう。クローディアスは自業自得ですね。次回に続きまーす。ぜったい待っててね!
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