3幕3場
今回登場する人物
ハムレット・・・・・・・・・ クマデン王国の王子
クローディアス・・・・・ クマデン王国国王、ハムレットの叔父
ガートルード・・・・・・・ クマデン王国王妃、ハムレットの母
ポローニアス・・・・・・ 宰相、クローディアスの相談役
ローゼンクランツ・・・・・・ハムレットの幼少期の友人
ギルデンスターン・・・ ・・ ハムレットの幼少期の友人
森の妖精・・・・・・・・・・・・・語り手
森の妖精(語り手): お芝居の上演は大騒ぎのなかで、中断されてしまいましたね。クロちゃん、いや、国王クローディアスは大慌(おおあわて)で、思わず我を忘れてしまいました。この後一体どうするつもりなのでしょうかね。それはさておき、今、舞台の上では、ガートルードが落ち着かない様子で自室のイスに座っており、その周りをポローニアスが何やら忙しそうに動きまわっています。どうやらハムレットがやって来るのを待っているようです。後は、読んでのお楽しみ。
ポローニアス: ハムレット様もそろそろ来る頃でしょう。私はこのカーテンの裏に隠れて、様子をうかがっております。いざという時には、このポローニアスめが、即座に王妃様の身の安全を確保いたします。何を隠そう、この私、かつて忍者の修行をしていたことがございます。厳しい修行に耐え、忍びの術を極めました。年をとったとはいえ、まだまだ現役でございます。ですから、王妃におかれましても大船に乗った気持ちで、ハムレット様とお話しください。
ガートルード: 忍者の修行ですか。さきほどは役者の修行をしていたと言っていたような気がするのですが。それほど深刻な話にはならないとは思いますが、せっかくですから、お願いしますわ。
ポローニアス: あ、靴音がします。それでは、この私はカーテンの裏に。(口で)サ、サ、サ、サ。
ハムレット: (遠くから)母上、母上様。
ガートルード: ここにいます。ハムレット、こちらにおいで。おまえにききたいことがあるの。先ほどの、あのお芝居は一体なんだったの?父上はたいそうお怒りですよ。
ハムレット: そのとおり。分かっているではありませんか。父上は本当にお怒りです。
ガートルード: あなた一体何を言っているの。支離滅裂だわ。
ハムレット: 母上こそ立派な父上をお忘れになってしまったのでしょうか。しかも、あのような軽薄な男と再婚するとは。あの男はハレンチで、とんでもない臆病者だ。もしかしたら、父上のことをお忘れなのではないかと思い、写真を持って参りました。この写真を見てごらんなさい。近づいて、しっかりごらんください!(一方の手をガートルードの首にまわし、他方の手で写真を見せる)
ガートルード: 首から手を離してちょうだい、ハムレット。痛いわ!
ポローニアス: (隠れているカーテンの向こう側から)なに、もしや、ハムレット様がガートルード様の首を絞めているのか。これは一大事だ。誰か助けを呼べ! 助けてくれー!人殺しだ!
ハムレット: 声が聞こえたぞ。カーテンの向こうに誰かいるな。この剣をを食らえ。死ね、死ね。(持ていた短剣で刺す)。もう、一発くらえ(もう一度刺す)。やった、ついにやったぞ。手応えもあった!クローディアスよ、ついに年貢の納め時がきたな。これでようやく終わった。(カーテンを開けて、刺した相手がポローニアスであることを確認)ああ、何だ、残念。おまえか、ポローニアスよ。おまえは本当にばかだな。おとなしくし引っ込んでいれば良いものを。そんなところに隠れていたら、誰だってクローディアスだと思うに決まっているだろう。
ガートルード: ああ、死んでしまった。人殺しだわ、なんて残酷な。
ハムレット: 私が残酷ですって、父を殺した男と結婚するのと、どちらが残酷でしょうか。
ガートルード: ハムレット、あなたが何を言っているのか、私にはさっぱり分からないわ。
ハムレット: どうか父上を思いだしてください。勇敢で人々の尊敬を集めていた立派な王だった。
ガートルード: きっと、立派な人だったのでしょうね。
ハムレット: この写真をしっかりと見てください。思い出しませんか。
ガートルード: それが全く憶えていないの。どんなに偉大な人でも、もしその人が雲の上に立っていたら、地上からはその姿は見えないでしょ。豆粒ほどの大きさにも見えないものよ。そんな人だったの。だから、私はその姿を自分の〈心の眼〉で見たことがないの。見たことがないものを憶えているわけがないでしょう。たとえ、今、目の前に立っていたとしても、見えはしないわ。
ハムレット: 何ということを。父上が聞いたら、さぞかしお嘆きになることでしょう。脂ぎったクローディアス、遊び好きの下品な飲んだくれ、あの男なら母上の心の目に映るというのですか。
ガートルード: そうよ、映るわ。昔は、なにも見えていなかった。いえ、見えていないことにすら気づいていなかったの。夫を下品で飲んだくれだと言うのは構わないけれど、私だって、一皮むけば、同じようなものよ。私、今になってようやく愛というものを知ったの。
ハムレット: 母上の心が、あのクローディアスと同じだと言うのですか!手をつないでベッドのなかに倒れ込んで情欲の限りをつくす。そんなものが愛でしょうか。
ガートルード: 愛なんてそんなものだわ。立派で美しい愛なんて、私には最初から無理だったんだわ。分かったら、もうやめてちょうだい。
ハムレット: いいえ、やめません。いいですか、母上・・・。
(先王[ハムレットの父親]の亡霊登場。)
亡霊: ハムレットよ、レットよ、レットよ、ガートルードを、ルードを、ルードを、ルードを、苛(さいな)んでは、では、では、いけない、ない、ない、ない。
ハムレット: ああ、父上、どうなされましたのでしょうか。分かりました、母上への態度は改めます。
ガートルード: (ガートルードには亡霊の姿が見えない)ハムレット、あなた、どうしたの。そこには誰もいないわよ。あなた、一体、誰と話しをしているの。
ハムレット: 母上にはあのお姿が目に入らないのでしょうか。ほら、そこに立っているではありませんか。暖炉の前です。本当に見えないのですか。
ガートルード: 誰もいないわよ。そこには暖炉と壁しかないわ。ああ、あなた、まさか気が違ってしまったの。最近、様子がおかしいとは思っていたけれど・・・。なんということでしょう。私が再婚などしてしまったからなの。
ハムレット: いいえ、母上こそ、あのお姿が見えないのでしょうか。苦悩と怒りに満ちたあのお顔が。 ああ、行ってしまう。父上、父上、お待ち下さい。ああ、母上、あのお姿が本当に見えないのですか。
(亡霊退場)
ガートルード: 私には何も見えなかったわ。
ハムレット: なんということだ。だが、しかし、黄泉の国からはるばるやってきた父上に免じて、せめて今日だけでもクローディアスとの享楽(きょうらく)をお慎みください。
ガートルード: (傍白)ああ、ハムレット、あなた、気が違ってしまったのね。私が再婚してしまったからなのね。最近、様子がおかしいとは思っていたけれど、まさか理性まで失ってしまうなどと思ってもみなかった。かわいいハムレット、どうしたら正気にもどってくれるのかしら。分かったわ、全てあなたの言う通りにするわ。だから、心配しないで。これからはあなたのために生きることにしましょう。
ハムレット: いや、やはり、思いのままに生きてくださって結構です。父との約束ですので。(ポローニアスの遺体を指さし)それにしても、こいつには悪いことをした。まとわりついてうるさい奴だったが、命を奪ってしまったことは、後悔しています。ただ、私にはやるべきことがあるのです、たとえこの命を落とすこととなったとしても。ですので、こいつの死を悼んでいるひまは今はありません。ただ、遺体をずっとここに置いておく訳にはいきませんので、かたづけてきます。おやすみなさい、母上。ごきげんよう。(ポローニアスの遺体を引きずって退場。)
4幕1場
(クローディアスの私室。クローディアスが落ち着かない様子で一人考え事をしている。)
クローディアス: (傍白)まずい。本当にまずい。どんなに美味しいものを食べても本当にまずい。こんなことは生まれて初めてだ。ポローニアスが殺されてから、3日が経つ。もう3日だ。ハムレットのやつは一体どこに身を潜めておるのだ。ポローニアスの遺体を一体どこに隠したのだ。この城のどこにそんな秘密の場所があるというのだ。それとも、考えたくはないが、すでに城の外に逃れたのか。だとしたら、本当の危機だ。ハムレットは絶対に気づいている。気づかれてしまった以上は、一刻も早くあいつをクビキリ王国に送って、首を切り落とさせねばならぬ。一刻も早くだ。それまで、私の魂に平穏が訪れることはないのだ。
貴族1: 陛下、ご報告があります。ローゼンクランツ様とギルデンスターン様がやってまいりました。
クローディアス: すぐ通してくれ。ああ、待っていたぞ、ローゼンクランツとギルデンスターン。さっそくではあるが、君たちに折り入ってお願いがあるのだ。ぜひ、我が愛するハムレットとともに、クビキリ王国を訪問してほしいのだ。ここに君たち3人を盛大に歓迎するよう記(しる)した、書状がある。到着し次第、国王に渡してくれ。最大限のもてなしを受けることであろう。あちらでの滞在を、存分に楽しんくるがよい。よろしく頼んだぞ。
ローゼンクランツ: 「最大限のもてなし」とは、全く身に余る幸せに存じます。
ギルデンスターン: お計らいに、心より感謝申し上げます。
クローディアス: いつでも出発できるよう、すぐに準備にとりかかってくれ。
ローゼンクランツ: 仰せの通り、すぐに荷造りにとりかからせていただきます。
ギルデンスターン: (ローゼンクランツに向かって小声で) あそこは容赦ない処刑で有名な国じゃないか。無事に帰って来ることができるだろうか。
ローゼンクランツ: しかし、酒が美味しいことで有名な国でもあるぞ。それに、俺たちのような、どうでもいい人間の命までは奪わないだろうよ。今さら逃げることもできないし、どうしようもないじゃないか。行って美味しいものを腹一杯食べて、帰ってくるのだ。
ギルデンスターン: 生きて帰ってくるのだ。それが全てだ。あ~あ、やれやれだ。
(ローゼンクランツとギルデンスターン退場。その後、ハムレットが貴族2に付き添われて登場)
貴族2: ハムレット様をお連れしました。
ハムレット: お久しぶりでございます。ご機嫌うるわしゅうでございますでしょうか、陛下。
クローディアス: ハムレットよ、なんということをしてくれたのだ。ポローニアスの遺体をどこに隠したのだ。
ハムレット: 今頃、ポローニアスはとっても楽しいお食事の最中であることと思います。
クローディアス: ハムレットよ!私はまじめに聞いておるのだ、ポローニアスは今どこにおるのだ。
ハムレット: いやいや、私だって真面目ですよ。少々頭がおかしくはなってはおりますが、それ以外はまったく真面目です。多分ほとんど全く正気です。ところで、ポローニアスについてですが、実は彼は食べているのではなく、食べられているのであります。ウジ虫どもにね。何といっても、ポローニアスは、これまで美味しい食事を毎日たっぷり食べてきましたので、そろそろ食べられる側に回っても良い頃かと思いましてね。まあ、そんなわけで、今週中に見つからなければ、図書館に通じる渡り廊下の階段の下あたりを探すと、イカの塩辛のような香りがすることでしょう。イカン、イカン、イカン!
クローディアス: すぐに探しにいけ。ハムレットよ、こうなってしまった以上、お前の身の安全を最優先に考えねばならん。この期に及んでは、もはや私にはいかんともしがたい。状況が落ち着くまで、しばらくクビキリ王国で静養してきてほしい。
ハムレット: 「いかんともしがたい」ですと!なるほど。ところで、陛下はご存じなのでしょうか、イカの足は10本です。ところが…。
クローディアス: また、例の悪ふざけか。おまえこそ、いつもヘリクツばかりじゃないか。もうマンネリだぞ。私はもう飽きた。それに何より私は真剣に話をしておるのだ。
ハムレット: おっしゃるとおり、確かにマンネリです。これは一本とれらました。次からは改めましょう。しかしながら、私も今とても真剣なのです。いいですか、よく聞いてください。イカの足は10本です。もし私がその足を2本食べてしまえば、残りは8本です。タコと同じではありませんか。それに、タコ焼きのなかに、イカが入っていたとして、一体誰が気がつくでしょうか。まあ、そこがイカんところなんですが。この立派な教訓は、あらゆるものにあてはまります。あなたにも!
クローディアス: (傍白)やばい、こいつは、本当に気づいている。気も狂ってなどいない。なんとかしなければ、大変なことになる。
ハムレット: それでは母上、お別れのチューをさせていただきます。
(クローディアハムレットを押しのける)
クローディアス: やめろ! 気色悪い。おれはおまえの母親ではない。おい、やめろと言っておるのだ!
ハムレット: いえいえ、それは違います。あなたは私の母上なのです。だって、あなたも母上も同じ2本足ではありませんか。ということは、あなたは私の母上と同じということになるのです。理解していただけましたか。分かっていただければ結構です。それでは、母上、お別れのチューをさせてください。ぜひとも熱烈な口づけを。
(ハムレット、クローディアスにキスをする。)
クローディアス: おい、誰かティッシュをとってくれ。おまえとうとう狂ったな。そんなことを言うのなら、お前だって2本足ではないか。
ハムレット: 確かに、そのとおりです。おっしゃるとおり、私と王妃は同じ2本足です。ということは陛下と私は夫婦ということになります。ならば、夫婦の契りを交わそうではありませんか!
クローディアス: (さえぎるように)もう良い、ハムレット 、もう何も言うな。いいか、それ以上何も言うなよ。それ以上おれに近づくんじゃないぞ。そう、そこでじっとしているのだ。そうだ、動くなよ、よろしい。これでようやく落ち着いて話をすることができる。いいか、ハムレット、よく聞くのだ。こうなってしまった以上、できるだけ早くクビキリ王国に向けて出発した方が良い。すぐに出発するのだ。それがおまえのためなのだ。分かったら、すぐに準備にかかってくれ。
ハムレット: 国王陛下には逆らえませんからね。へー、へー、分かりましたよ。陛下様々。逆さま様々。世の中逆さま。(退場)
クローディアス: クビキリスル王よ、書状に記したとおり、到着し次第、間違いなくハムレットを殺すのだぞ。失敗は許されない。容赦のない首切りで出世したおまえの本領をみせてくれ、頼んだぞ。(遠くから叫び声が聞こえ、あわてた様子でガートルードが登場する。)
ガートルード: あなた、大変です。レアティーズが父ポローニアスの死の知らせうけて帰国してきました。あなた犯人だと叫びながら、炎のような勢いでこちらに向かってまいります。あなたを殺すと叫んでいるそうです。
クローディアス: 放っておけ。私にはやましいことなど一つもない。だから逃げも隠もせん。隣の部屋で待っておる。来たら、そのまま通してかまわんからな。(傍白)どうせ、あいつの父親を殺したのはハムレットなのだから。それに、レアティーズをうまく使えば、ハムレットの問題に一気にけりをつけることができるかもしれん。何と言っても素直なレアティーズは扱いやすいからな。渡りに舟とはこのことかもしれん。よし、もうひと頑張りだ。
森の妖精(語り手): うーん。クロちゃん、やっぱりなかなかの悪人ですね。ハムちゃんもピンチの連続です。がんばれ~。次回が楽しみです。気長に待っててね!
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