シェイクスピアの悲劇をもとに、たあいもない戯曲をつくってみました。名作『ハムレット』の物語の枠組の一部を利用して、冗談を盛り込むことを目的とした、ナンセンスな戯曲です。思えば、最近、冗談やギャグにたいして、あまり寛容であるとはいえない風潮が強まっているかもしれません。しかしながら、シェイクスピアの作品にも笑いの要素がたくさん盛り込まれています。ですから、このとるに足らない作品につきましても、寛大なお気持ちでお読みいただき、楽しんでいただけたらと思います。
月に1回程度アップして、6、7回で完成させる予定です。
『なにせにせものハムレット伝』
第1回
今回登場する人物
ホレーシオ・・・・・・・・・・・・ハムレットの親友
バーナード ・・・・・・・・・・・城の見張り担当の将校
ハムレットの父の亡霊・・ デンマークの先王
衛兵A ・・・・・・・・・・・・・・・城の見張り番
衛兵B・・・・・・・・・・・・・・・・城の見張り番
森の妖精・・・・・・・・・・・・・語り手
1幕1場
森の妖精(語り手): どこにでも、ありそうで、なさそうな田舎の小国クマデン王国。ここは、四方を山にかこまれ、平和と自然を愛するのどかな国。そう、つい最近までは・・・。
場面はエルシナノ宮殿の城壁の上。夜の寒さのなか、見張り番の衛兵2人が、たき火で暖をとっています。ここ数日、深夜すぎに、あやしい物の怪(もののけ)が出没するという噂が、兵士たちのあいだにひろまっており、夜の見張りを嫌がる者が増えています。しかし、そんななかでも、このお気楽な2人は、特別割り増しボーナスとひきかえに、連日連夜、寒さに凍えながら、懐(ふところ)をあたためています。はて、さて、どんなことが起こりますやら。
衛兵B: 隊長、起きてください、仕事中に、寝ないでください。こんなに寒いところで居眠りしたら、お化けになっちゃいますよ。
衛兵A: お、どうかしたか。
衛兵B: 今、寝てましたね。
衛兵A: いや、寝てない。
衛兵B: 寝てましたよ、よだれたらしながら。そのよだれ、もうすこしで凍ってしまうところでしたよ。まったくもう。寒いったらありゃしない。せめて、美味しいものでもあったら、ちょっとは元気もでるんですけどね。
衛兵A: まあ、美味しいものは我慢するとしても、確かに寒いな。ここのところ、経費節減のため、薪もすくないから、たき火の炎にも、まったく元気がない。まさに風前の灯火(ともしび)といったところだ。万一、この火が消えてしまったら、それこそ本当に寒くなってしまうだろう。おい、そういえば、風がだんだんと強くなってきたような気がしないか。いや、気のせいではない。おい、突風だ。火が消えそうだぞ。なにかで風を防ぐんだ。なんでもいい。そうだ、おまえのその上着だ。それを脱いで風を防ぐんだ。ついでに燃やしてしまってもいいぞ。おい、早く脱げ!
衛兵B: そんなこと言ったって、腕がひっかかって・・・。そう簡単には脱げませんよ。女の人から、「脱げ」なんて言われたら、気合いも入るんですけどね。
衛兵A: あ~あ、ぐずぐずしているから、消えてしまったじゃないか。しょうがない。もう一回点けるとするか。火種にするから、そこのゴミ箱から、なにか燃えそうなものをあさってこい。昨晩、食べた弁当の箱のなかに割りばしかなにかがあるだろ。
衛兵B: ゴミ箱あさりっすね、おっけー! 真っ暗いなかで、ゴミ箱に手を突っ込むっていうのも、かなりいけてますよね。なんつーか、こー、ぬるぬるするものもあるし。あ!エビフライのしっぽみっけ、身もちょっと残ってるし。大体、お弁当のエビフライなんて、衣が8割、エビが2割なんて場合も多いじゃないですか、でも、しっぽの部分には必ずエビが入ってるんだから、そこを食べ残すなんて、なんてもったいないことをするんでしょうね。おいし!ぷりぷりします。
衛兵A: おい、変なもの食って、腹こわしても知らんぞ。さっさと、燃えそうなものもってこい。
衛兵B:へーい。
衛兵A: よし、と。まず、弁当箱をちぎって、丸めて、その上に割りばしをのっけて、よし準備完了!いいか、おれがマッチを擦(す)ったら、そっと吹くんだぞ。やさしく。そーっとだ。人の耳元に息を吹きかけて、ゾクッ、とさせる時みたいに、そーと、だぞ。OK いいか、いち、にの、さん!さあ、吹け、吹くんだ!
(衛兵Aマッチを擦る。衛兵Bは衛兵Aの耳元に息を吹きかける。)
衛兵B: ふ~、はぁ~、どうですか。
衛兵A: いや、誰がおれの耳に息を吹きかろと言った!
衛兵B: いや、なんか、そうしろって、言われたような気がしたんで。笑いの基本かなと…。
衛兵A: ばかやろう、俺たちは芸人ではないのだ。あれが最後のマッチだったのに。もう1本も残っていない。しかしだ、な、なぜかわからんが、なんだかこー、少し気持ちが、なんていうか、こー。ところで、おい、おまえ、さっき、寒いと言ったな。よし、おれが暖めてあげようじゃないか!ちょうど良い、上着も脱いでおるではないか。
衛兵B: やめてくださいよ。仕事中にその気になったらどうするんですか。
衛兵A: 冗談だよ。お前が、先にふざけたんだからな、文句は言えんだろう!
衛兵B: そっか、なんか、ちょっと期待したんだけどな。
衛兵A: なんだと!
衛兵B: いやまあ、なんていうか、なにかしていないと、ぜんぜん退屈だし。そうですねぇ、じゃあ、気持ちだけでも明るくなるように、クイズでもしませんか。
衛兵A: ええ? また、めんどくさいことを言う。でも、時間もたっぷりあることだし、まあよしとするか。
衛兵B: それでは、じゃじゃーん。第一問、テニスで相手の選手が打った球を、ネット際で、ノーバウンドで打ち返すことを、なんていうでしょ~うか?スマッシュの方じゃないよ。
衛兵A: ふん、「ボレー」てんだろ。
衛兵B: だったら、もうちょっと難しいやつ。「働けー」というかけ声と反対の意味の言葉は?
衛兵A: うーん、「休めー」か?
衛兵B: 残念、「さぼれー」でした。じゃあ、最後の問題でーす。レトルトカレーの元祖といえば?
衛兵A: そりゃ「ボンカレー」だ。おまえ、亡霊って言葉のだじゃれのつもりだろうが、クオリティが低すぎだ。だいたい、「さぼれー」も「ボンカレー」も、「ボ」と「レ」しか合ってないじゃないか。もっとましな問題はないのか!
衛兵B: ちょっとは楽しい気分になれるかなって、思ったんですがね。それにしても、本当に、毎日、毎日、律儀な亡霊ですね。 私なんて、もうすっかり慣れっこになってしまいました。それに、他の衛兵たちが嫌がるおかげで、割り増しボーナスまでもらえちゃったりしてますからね。このまま毎晩ずっと、適度に出続けてもらえると、懐(ふところ)の方はかなり暖かくなりますね。でもそれにしても、寒いですね。(ことさらに強く)バーナーでもあればな~。ドーと火がつくんだけどな。 バーナー(ことさらに強く)があれば最高でしょ。ねえ、ねえ、今のギャグ分かりました?バーナードっすよ、バーナード!あの人たちも、そろそろ来る頃でしょ。
衛兵A: どうしておまえは、だじゃれなしで、話すことができないんだ。そういえば、もう、夜中過ぎだ。(コツ、コツ、コツという靴音が、だんだん近づいてくる。)あ、足音がする。だれかきたぞ。
(ホレーシオとバーナード登場。)
衛兵A: おい、誰だ、名を名乗れ。
バーナード: バーナードだ。
衛兵B: え、なんですって。よく聞こえませんでした。もう一度、お名前を、はっきりとおっしゃっていただけませんか。
バーナード: バー、ナー、ドだ。 ホレーシオも一緒だ。お前こそ誰だ。
衛兵B: えへ、えーへーでーす。バーナード将校様。今、ちょうど、あなた様のお話をしていたところであります。なにを話していたかは秘密ですがね。
バーナード: どの程度の話していたかは、だいたいの想像はつくがな。それはともあれ、ホレーシオよ、ここが現場なのだ。
ホレーシオ: 真夜中を過ぎると、このあたりは本当に暗いですね。月でも出ていれば、いいのですが。
衛兵B: 真っ暗で、自分の足も見えないほどですよね。
ホレーシオ: 私が読んだ書物によると、東洋のお化けには足がないそうです。もちろん、私は信じてなどいませんが。まあ、もしかしたら、あなたは近視という病かもしれませんね。一度、医者に診てもらうといいでしょう。
衛兵B: (傍白、小声で)インテリという連中は冗談というものをしらない。
衛兵A: (傍白、小声で)おまえの言うことがくだらなすぎるからだ。それに、今のは、もしかしたら冗談かもしれない。レベルが高すぎて、おれには判断できん。
ホレーシオ: それは、さておき、亡霊などという非科学的なものが、本当に存在するのでしょうか。この目で確かめない限りは、とても信じることはできません。
(衛兵Bの背後に、亡霊がひっそりと登場する。まだ、誰も気づかない。)
バーナード: このとおり、ホレーシオはぜんぜん信じてくれないんだ。うーん、それはそうと、見張り番の君、少しばかり身長が伸びたように見えるんだけど。なんというか、こう、ちょっと大きくなったような気がするんだけど。
衛兵B: へへ、まあ! おれも、なかなか大きな男だからな。器(うつわ)の大きさとでも考えてくれたまえ。なーんてね。
衛兵A: いや、まて、ちょっとまて、でた、でたぞ。お月様じゃないぞ。亡霊だ! お前の後だ!真後ろ!! 振り返ってみろ!
衛兵B: うそー、いやだよ。なんで、よりによって、そんなところにでるの。怖いよ、振り向けない。動けない。ちびりそう。どうしよう。おかあさーん。
ホレーシオ: (冷静に)うーん、まさに、亡くなった王様の生き写しですね、いや亡霊ですから、死に写しとでも言った方が正確かもしれません。
衛兵B: どうでも良いから、なんとかしてよ~。背中が凍(こご)えそうだよ。
衛兵A: まあ、落ち着け。そう騒ぐな。危害を加えそうな様子は、今のところはない。大丈夫だ、多分。ホレーシオに話しかけてもらうから、そのままじっとしていろ。いいか、動くなよ。
衛兵B: まじっすか。それに、いま「多分」って言ったでしょ。
バーナード: (ホレーシオに向かって)亡霊はラテン語しか話さないといわれている。そこで大学出のインテリ、ホレーシオよ、わざわざ、君に来てもらったのは、君なら、あの亡霊と話すことができるのではないかと思ったからなのだ。
ホレーシオ: わかりました。試してみましょう。(欧米人が日本語をしゃべるときのような口調で)ちょっと、そこの亡霊様、なにか、言ってみーてくださ~い。黙ってーいたのではな~んにも分からないではあ~りませんか。な~んどもでてくるのですから~、なにか、大~切な理由があるのではないでしょうか。このようにお会いすることができた、せっかくの機会ですので、ぜ~ひお話いただけると~ありがたいと~ぞんじます。ハーイ。
衛兵B: (傍白)うん、さすがは、インテリ。違いますね!なぜか、俺にも理解できる、分かりやすいラテン語だ。これがラテンのリズムっていうのかもしれない。(亡霊に向かって)あのー、それはさておき、亡霊様、恐れ入りますが、ちょっとだけ、私から離れてもらえると、ありがたいのですが。ほんのちょっとだけで良いんですけどね。
(亡霊、足早に退場。)
ホレーシオ: 今の、あなたの言葉に、ひどく気分を害したようです。怒りの表情をうかべ、荒々しい足どりで向こうの方に行ってしまいました。
衛兵B: (急に強気になって)くそー。脅かしやがって。ばか、ばか、ばーか、石ぶっつけてやる。 あれ、消えちゃった。
衛兵A: 亡くなったとは言え、王様の姿をした亡霊に向かって、石を投げるとは許し難い行為だ、化けて出るかもしれんぞ。
ホレーシオ: そうですね。しかしながら、亡霊というのはすでに死んだ存在です。ですから、「化けて出る」という表現には、やや論理的な矛盾があるかもしれませんね。冗談はさておき、あの亡霊は、このクマデン王国に大きな危機が迫っていることを、伝えようとしているのではないでしょうか。亡くなった先王が、この国の先行きを憂(うれ)えて、黄泉(よみ)の国からわざわざ、もどってきてくださったのかもしれません。ですから、一刻も早く、このことをハムレット様にお伝えしなくてはいけません。さあ、皆で参りましょう。
衛兵B: え、皆で行くの。おれも行っていいの。行く、行く、行きまーす。やったー。王子様に会えるぞ。
最後までお読みいただき、どうもありがとうございます。
次回に続きます。
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